LAS Production Presents

 

 

 

Soryu Asuka Langley

 

in

 

 

 

starring

Shinji Ikari

 

and

Misato Katsuragi

as Beauty Woman

 

 

Written by JUN

 


 

Act.1

MISATO

 

-  Chapter 6  -

 

 

 

 

 

 

「何よ何よ!あんなヤツ、あんなヤツなんか大嫌いっ!」

 アスカは走りながら、叫び続けた。

 目の前で行われた、シンジとミサトのキス。

 しかも飛び出したアスカをシンジは追いかけてこなかった。

「馬鹿シンジのヤツ!子分の癖に!子分の分際で!」

 その時、アスカは自分の頬に流れているものに気がついた。

 雨……?

 立ち止まり夕焼け空を見上げたが、雨雲など微塵もない。

 頬に手をやると、その流れの源は自分の両の目だった。

 涙…。私、どうして泣いてるんだろう?

 いかさまをされて悔しいから?

 負けたから?

 子分が親分を蔑ろにしたから?

 どれも違うような気がする。

 アスカは道の真ん中で考え込んだ。

 その時、クラクションがけたたましく鳴った。

 アスカの前に止まる軽トラック。

 リツコを乗せたシゲルの軽トラックだ。

「どうしたんだ?道のど真ん中で。危ないじゃないか」

 シゲルが窓から顔をのぞかせる。

 アスカは慌てて背を向けると、顔をごしごし擦った。

 涙に汚れた顔なんか、人に見せられはしない。

 リツコはそのアスカの後姿を見て、ふっと笑った。

 そして、荷台から颯爽と飛び降りようとしたが、計算では着地に失敗し転倒するという結果が出たため、慎重に枠を掴んで降りる。

「あなた達、もういいわ。帰りなさい」

「いいんですか?」

「もう不要なの」

「うっ!相変わらずはっきりとものを言いますね」

「ねちねち言われる方がいい?ほら、さっさと行く」

「わかりましたよ。頼まれても迎えには来ませんからね」

「今日はいらないわ。明日の朝、迎えに来て頂戴」

「げっ」

「9時ね」

 言いたいことだけ言うと、リツコはアスカの方へ歩みだした。

 その後姿を見て、シゲルは大きな溜息をつく。

「青葉さんはあの人には勝てないんですね」

 マヤがくすくす笑う。

 誰かに頭の上がらない青葉の姿をマヤは始めて見た。

 その姿は情けないというよりも、可愛らしいと感じた。

 そんなマヤの気持ちにはシゲルは気が付かなかった。

 ただ見っとも無いところを見られたと思っただけ。

「行くよ」

 少しぶっきらぼうに言うと、シゲルは華麗に軽トラックを反転させようとした。

 が、もちろん田舎道のためそんなに道幅があるわけはなく、じわりじわりと角度を変えていくのだった。

 それを見てリツコは鼻で笑った。

「不様ね」

 そして、表情を戻し、アスカの背中に語りかける。

「あなたがここにいるってことは、アルバイトは失敗したってことね」

 アスカの肩が震えた。

「そうよ。ミサトはガンガンビール呑んでるし、シンジにいやらしいことするし」

 低い声で言うアスカにリツコは肩をすくめた。

「それで、逃げ出してきたと」

 アスカが振り向いた。

「じゃ、どうすればよかったのよ!じっと二人のキスを眺めておけばいいって言うのっ?」

「そういうときはミサトの頭を殴りつければいいのよ。死なない程度に」

「あ、アンタねぇ…」

「そうでもしなければあんな酔いどれ抑えられるわけないでしょ。

 だから飲ませるなって念を押したのに。あなたのミスね」

「そうよ、私のミスよ。ミサトがシンジを抱きしめて、私が興奮して騒いでる隙に…」

「どうして興奮したの?」

「どうしてって…」

 アスカは首をひねった。

「それに、どうしてキスから逃げたかったの?」

「それは…」

 リツコは微笑んだ。

 いつもの蔑むような笑みではない。

「まだわからないのね。

 いいわ、でもあなたは大事なことを忘れてるわ」

「大事なこと?」

 アスカは息を呑んだ。

「あなたが逃げ出したということは、あのコテージには二人きり。

 酔いどれの無節操女とまだねんねの坊や。

 このままじゃ、どうなってしまうかしら?」

「あああああっ!」

 アスカは絶叫した。

 あの濃厚なキスの強烈さに、この後の展開を失念していた。

「どうして気づかなかったのかしらね。

 キスの後がどう進むかなんて、最近は小学生でも知ってるわよ」

 最近ではない10年程前の小学生レベルで性的知識が停滞していたアスカである。

 キスだけでもとんでもないショックだったわけだ。

 ABCと進んでいくことは知識としては知ってはいたが、あのあとスペルが進むとは想像もしていなかった。

 しかし、今は蔑むようなリツコの言葉に構ってはいられない。

 シンジを…可愛い子分を救わなきゃ!

 あんなおばさんに食べられるなんて、シンジが可哀相!

 アスカは燃えてきた。

 夕焼けよりも赤く。

 あらあら、この娘ったらまだ自分の気持ちがわかってないみたいね。

 まあいいわ。そのうち気づくでしょ。

「私、止めてくる!ミサトの頭殴りつけてくる!」

「そうね、ミサトにとっても浮気なんかしない方がいいから」

 ダッシュしようとしたアスカはリツコの言葉に引っ掛かった。

「浮気…?フィアンセは死んだんでしょ」

「あれ、誤報」

「ええええっ!」

 この騒動はいったいなんだったのか?

 アスカは頭がくらくらしてきた。

 リツコはポケットからPDAを取り出した。

 可愛らしい猫をプリントしたオリジナル柄である。

 画面を開くと、保存しておいたネットのニュースを呼び出す。

 アスカが覗き込むと、細かい文字で英語が羅列されていた。

 紅毛碧眼だが日本生まれの日本育ち、学校の点数がいい程度ではここまでの英語は読めない。

 少し苦笑いをしながら、アスカは画面から目を離した。

 リツコはパシンとPDAを畳み、内容を説明した。

「死んだのは現地スタッフだったみたい。加持の代わりにレセプションに出ていたみたいよ」

「じゃ…じゃ、加持さんは?」

「しっかり生きてるわ。ま、あくまでテレビの発表だけど」

「だったら、簡単じゃない!そのニュースをミサトに見せれば!」

「酔いどれた頭で、他人の声に耳を貸すと思う?加持くんの声でも聞かせれば、あっという間に覚醒するとは思うけど」

 リツコは首を振った。

「携帯は繋がらないし、連絡も取れないのよ。なにしろこっちは一般人だから、大使館も相手にしてもらえなくて」

 愚痴をこぼすリツコに、アスカの眼がギラリと光った。

「どこに連絡取ればいいの?」

「え?加持が今契約してるのはユニバーサル通信社だけど。あなたにできるの?」

「まぁかせなさい!」

 アスカは胸を張った。

 そして、携帯電話を取り出す。

 登録電話番号のひとつを呼び出し……。

「ああっ!圏外じゃない!アンテナがないぃ〜!」

「コテージの方に行けば大丈夫よ」

「わかった!」

 全力疾走でコテージの方に引き返すアスカを見送り、リツコはくすくす笑った。

「不様ねぇ。でも、可愛い」

 そして、ゆっくりと歩き出した。

 コテージの方角へ。

 

 さて、そのコテージでは、シンジが浴室に立て篭もっていた。

 アスカがコテージから走り去った時の叫び声はシンジの耳に届いていたのである。

『この、大馬鹿シンジっ!』

 しかもコテージの中では、『嫌い』を連発されている。

 アスカに嫌われたくない。

 しかし、ミサトの肉体は確かに魅力的だし、正直なところ行き着くとこまで行ってみたい。

 シンジも健康な男である。

 あの濃厚なディープキスはなけなしの自制心を吹き飛ばしていた。

 婚約者が死んだばかりの女性とセックスなんかできない。

 そんな自制心は完全に消えてしまっていた。

 精神も肉体も一定の方向を向いていた。

 ところが、アスカの叫び声はシンジの心に冷水を浴びせたかのような効果を与えた。

 まずい。このままじゃまずいよ。

 アスカに怒られる。

 明日から口も聞いてもらえない。

 顔も見てくれないだろう。

 そんなのはイヤだ。

 シンジは考えた。

 この幸運な状況から逃れる術を。

 でも、もしこんなことが僕の生涯に二度と起こらなかったらどうしよう?

 そうも考えてしまった。

 これから一生、女の人に縁がなかったら…。

 その時は…、その時は、アスカに責任を取ってもらおう。

 碇シンジ。結構、大胆且つ強引なことを決意した。

 何が何でもアスカと恋人になるのだと、これまでのシンジにしては考えられないことを考えた。

 これもこの24時間での経験がシンジを変えたのだ。

 どうしてこれまで自分はもててなかったのだろうか?

 ミサトのディープキスがシンジに自信をつけたのかもしれない。

 自信過剰にならなければよいのだが。

 そして、ミサトのキスを受けながら必死に考えたのである。

 どうすれば、ミサトが離してくれるだろうか?

 結論は出た。

 ミサトさん、ごめんなさい。

「あうっ!痛ぁいっ!」

 噛まれた舌を慌てて抜いて、ミサトはその舌を唇で挟んだ。

「ご、ごめんなさい。僕、初めてだから、よくわからなくて」

 わざと舌を噛んだのに、シンジはしらばっくれる。

「うふふぅ。いいわよぉ。全然OK!ぜぇんぶ教えてあげるわぁ」

 シンジはふらふらした。

 濃厚キスによる酸欠症状もそうだったのだが、肉体はミサトの発言に従おうとしていたからだ。

 ダメだ、ダメだ!逃げなきゃダメだ!

「ぼ、ぼ、ぼ、僕」

「なぁにぃ」

 ミサトのタンクトップは胸元が大きくはだけ、妖艶この上ない。

「し、し、シャワー浴びさせてくださいっ!」

「もう…いいわよぉ、そのままで」

「で、で、で、で、でも!」

 拒否されるという展開はシンジのシナリオにはなかった。

 どうしよう!ああ、どうしたらいいの?

「うふん、でも綺麗な身体でお姉さんと接したいっていう、シンちゃんの気持ちは嬉しいわぁ」

「あ、はい!ぜひ!」

「じゃ、二人で入って洗いっこしよっか」

 これもシナリオにはなかった。

 ミサトと二人でシャワーで、その上洗いっこ…。

 据え膳食わねば男の恥という。

 食べてしまいたい…。

 シンジの決意が崩壊しそうになったとき、テーブルに散乱したトランプが眼に入った。

 アスカが投げつけたトランプ。

 泣きそうな顔をしていた。

 アスカのあんな顔は初めてだった。

 僕はアスカの笑った顔が見たい。

 シンジは踏みとどまった。

「一人で洗えます!」

 そう叫ぶと、シンジは浴室へダッシュした。

「もう!可愛いんだからぁ。じゃ、後でゆっくり二人で洗いっこしようねぇ」

 ミサトの声を背に受けて、シンジは洗面所で服を脱ぎ、浴室の扉を閉めた。

 鍵…などついていない。内開きだから、開かないようにつっかえるものを…。

 シンジは眼に入る物をすべて扉の前に置いた。

 そして、一息つくと苦笑してしまった。

 どうしてこんなに一生懸命になってしまうのかと。

 この夏の大きな目的は女性経験ではなかったのかと。

 その目的がいとも簡単に、そして極上の女性を相手に達成できようとしているのに、必死になってそれから逃れようとしている。

「僕…アスカのことが好きなのかな?」

 シンジは無意識に呟いた。

 そして、その声の内容に自分で驚いた。

 アスカのことを好き。

 それは間違いない。

 もし、今の相手がミサトではなく、アスカだったなら。

 逃げようとは思わない。

 あ、なんだ。

 そういうことだったんだ。

 シンジは了解した。

 自分がアスカを好きだということを。

 でも、アスカは僕のことを子分としか思ってないんだろうなぁ。

 シンジは可笑しかった。

 まあ、仕方ないか。

 それにアスカの目の前でミサトさんとあんなことしちゃったんだから、アスカは許してくれないだろうなぁ。

 そうは思いながらも、一旦気づいた恋心は簡単に鎮火するわけがない。

 何とかこの場を切り抜けて、アスカに許してもらわないと!

 今度の決意は固かった。

 だが、問題はどうやって切り抜けるかである。

 こっそり扉を開けて様子を見てみると、ミサトは豪飲している。

 あんなに呑んでいるのに、どうして眠ってしまわないの?

 大虎は小羊を逃がすつもりはないようであった。

 

 アスカは携帯電話を切った。

 最後の一言は絶対に有効な攻撃だったはずだ。

 はん!どれくらいの時間で反応があるかで、私への愛情がわかるってわけよね。

 アスカはコテージの前で仁王立ちした。

 やはり扉には鍵がかかっている。

 ミサトは本気だ。

 事情はわかるけど、この私が許しはしないわよ!

 あんなに呑んでいても身体はしっかりしている。

 コテージ中の窓もしっかり鍵がかけてある。

 当然、エアコンの室外機が唸りを上げている。

 その音を聞いて、アスカはニヤリと笑った。

 

 アスカが邪魔しに帰ってくると思ったのに、その気配はない。

 なぁんだ、じゃ心置きなくシンちゃんを食べちゃお〜っと。

 へっへっへと笑うミサトだったが、息が荒くなってきた。

 あれ?これくらいで酔いがまわる筈ないんだけどなぁ…。

 汗がじんわりと出てきた。

 えびちゅをあおるのだが、すぐに汗が吹き出てくる。

 しばらくしてから、ミサトはエアコンから冷風が出ていないことに気付いた。

 パネルのLEDが点滅している。

 取扱説明書などどこにしまったかもわからないし、元々読む気もない。

「もう!壊れちゃったのぉ?これから二人の愛の時間なのにぃ」

 さすがに真夏に締め切った部屋でことに及ぶ気にはなれない。

 窓を開けるのも躊躇われる。遠慮無しに、声が出せない。

 そもそもうちのエアコンはあの時のお前の声のためにつけたようなもんだと、加持が笑って言ったのを思い出した。

 そんなくだらないが愛しい想い出が、ミサトの頬に一筋の涙を流す。

 加持…、馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!

 私をひとりぼっちにして…。

 ミサトはテーブルに突っ伏した。

 だが、その時間は長くは続かなかった。

 何故なら、クソ暑いからだ。

 頬を流れる水滴は、涙よりも圧倒的に汗の方が多い。

「ふげぇ…暑い……。はぁ、はぁ…」

 ミサトは顔を上げた。

 その顔は汗でぐっしょり濡れている。

「やってられないわねぇ、蒸し風呂だわ……風呂……お風呂?」

 ミサトは虚空を見つめた。

 そして、思い出した。

 浴室にいる子羊のことを。

 そして、ニヤリと笑った。

 子羊を頂戴しながら冷たいシャワーを浴びよう。

 一石二鳥とはこの事だ。

 アスカの作戦は逆効果になりそうだ。

 窓ガラス越しにミサトの様子を窺っていたアスカは顔面蒼白になった。

 慌てて室外機に突っ込んでいた枝を引き抜きに走る。

 但し、一度エラーが出てしまったエアコンはそれだけでは復活できない。

 回転しないファンを見て、アスカは顔をしかめた。

 しまった。失敗しちゃった。

 シンジの姿が見えなかったから、シンジは浴室にいたんだわ。

 てことは……。

 アスカは口をあんぐりと開けた。

 そして、先ほどの窓にすっ飛んでいく。

 ミサトの声が聞こえるが、二人とも姿が見えない。

 隙間に耳を押し当てる。

『あぁ〜ん、開けてよぉ!シンちゃぁん!二人で洗いっこしようよぉっ!』

 わぁっ!

 アスカの顔が輝いた。

 シンジのヤツ、浴室にミサトを入れてないんだ。

 じゃ…じゃぁ…。

 一瞬、喜んだアスカだったが、浴室という状況に真っ青になった。

 浴室ということはシンジは当然裸。

 もし、シンジが扉を開いたら…、いや、ミサトが強引に扉を開けたら…。

 どうなってしまうかは、床に飛び散っているミサトの服や下着が物語っている。

 あの色キチガイ、裸でシンジのところに!

 馬鹿シンジのヤツが色気に負けちゃったら、食べられちゃうじゃない!

 こうなったら……。アスカの青い瞳が光った。

 手頃な石を見つけてガラス窓に叩きつけようと身構える。

 その時、アスカの携帯電話が鳴った。

 アスカは慌てて石を捨てて、携帯を耳に当てる。

「もしもし!……」

 アスカの顔が輝いた。

「アリガト!大好きよ!」

 通話ボタンを押すと、アスカはニヤリと笑った。

「さぁて、次は…って、電話が鳴ってもミサトが気付くわけないじゃない!」

 そう、ミサトは泥酔して浴室を襲っている。

 そんな状態で着信音が聞こえるわけがない。

 やっぱりやるしかないわね…。

 アスカはもう一度石を手にした。

 振りかぶろうとした時、背後で声がした。

「乱暴ね」

 リツコはそのまますっすと玄関の方に向かった。

 そして、合鍵を使って、大きく扉を開いた。

「さあ、どうぞ」

 アスカはニッコリ笑って悠然と歩いていこうとしたが、気持ちは抑えようがなかった。

 靴も脱がずに、扉の中に突進していった。

 着信音が鳴っている受話器を引っ手繰り、そのまま浴室へ走る。

 その後からコテージに入ったリツコは、床に散らばったミサトの下着を見て顔をしかめた。

「はぁ…不様ね」

 

「こら!ミサト!」

 洗面所に入ったアスカは、浴室の扉を開こうとして騒いでいるミサトに叫んだ。

 そして、その一糸纏わぬ姿のミサトの背中をばしんと叩いた。

「痛〜いっ!」

 さすがに、ミサトが振り返った。

 見事な二つの乳房の隆起の間に、無残な傷跡が広がっている。

 それを目の当たりにしたアスカは声が出なくなってしまった。

 しかし、ミサトはその反応に気が付かない。

「何よぉ、邪魔する気?せっかく、シンちゃんを大人にしてあげようとしてんのにぃ!」

 その言葉がアスカに活力を与えた。

「うっさいわね、この色ぼけ!これでも聞きなさいってば!」

 ミサトの眼前に受話器を突きつける。

「はぁ?何これ?」

「いいから聞きなさいよ!」

 その時、受話器からのんびりした声が聞こえた。

『お〜い、電話代こっち持ちなんだぞ』

 瞬間、時間が止まった。

 ミサトの顔が呆けた表情になり、そして見る見る歪んでいく。

 声が出ない。

 まるで触ると壊れてしまいそうに、受話器に手を伸ばす。

 何度も躊躇いながらついに手にしたそれをミサトは拝むように見つめる。

 その間も声は聞こえてくる。

『ミサト。だから謝ってるじゃないか。返事してくれよ』

 浴室の扉が少し開き、シンジが顔を覗かせる。

 これで何とかなりそうだと、アスカも安堵の表情である。

「か、加持…?」

『ああ、やっと出たか。おう、俺だ』

「本当に、加持?」

『そうだぜ、俺だよ』

「幽霊じゃない?」

『はは、あいにく足はあるぜ』

 ミサトの目にようやく涙が溢れてきた。

 それを見たアスカは、扉から覗いているシンジを手招きする。

 少しは遠慮しなさいというわけだ。

 シンジは頷いて扉を開けて浴室から出てきた。

 当然、素っ裸で。

 アスカは真っ赤になって、背中を向ける。

 その動きで自分の姿に気がついたシンジ。

 慌ててトランクスとズボンを履くが、足が絡まって倒れそうになるところがいかにもシンジらしい。

 そんな事をしているにもかかわらず、二人は賢明にも声は出さない。

 恋人たちの再会の邪魔をしたくなかったからだ。

 そして、洗面所から出て行く二人と入れ違いにリツコが入ってくる。

 ミサトは床に座り込んでしまって、加持と話をしている。

 どうやら身体中の力が抜けてしまったようだ。

 そのミサトの裸身をバスタオルで包んであげるリツコ。

 薄く微笑んでミサトを見ると、リツコも洗面所を出る。

 

 リビングではアスカの詰問が始まっていた。

「それで、あの後アンタはどうしたのよ!」

「そ、それは…すぐにお風呂場に逃げて」

「証拠は?」

「そんなのあるわけないよ」

「そんなのダメよ。絶対に証拠を見せなさいよ」

「無茶言わないでよ。僕は何もしてない!」

 はっきり言い切るシンジに、アスカは虚をつかれた。

 どうして、こいつはこんなに真っ直ぐな目で言い切るの?

 信じられそうな感じ…。

 シンジにしてみれば、好きだと自覚した女の子に嫌われることなど絶対に出来ない。

 必死になって弁明した。

 その成果は黙り込んでしまったアスカの態度でわかる。

「じ、じゃ…信じてあげてもいいわよ」

「うん、お願い。信じてよ」

 アスカはこくんと頷く。

 そんな二人の姿をそ知らぬ顔で、リツコは自分の分だけのコーヒーを準備していた。

 その時…。

『ぬぁにぃぃぃっ!』

 ミサトの絶叫がコーテージに轟いた。

「何、何、どうしたの?」

「ただの痴話喧嘩よ。気にすることないわ」

 リツコがこともなげに言う。

「でも…」

「あら、ミルク忘れたわね。後で届けてもらえる?」

「あ、はい」

 冷静なリツコには誰も敵わないのかもしれない。

 だが、浴室からは相変わらずミサトの罵声が響いてくる。

 不安げな顔でその方を見る二人に、リツコはまるで講義でもするような口調で解説する。

「よくはわからないけど、加持君の性格、及びかの地の状況、そして今のミサトの罵声を総合して考察すると、答えは簡単」

 リツコはコーヒーを啜った。

「あら、久しぶりのブラックはきついわね」

 真剣な面持ちでコーヒーカップを見つめるリツコにアスカがキレた。

「その先ぃ!答えは何なのよ!」

「加持君の浮気」

 ずずずず…。

 リツコがコーヒーを飲む音が響いた。

 相変わらずバックにはミサトの判別不能な罵声が鳴り続いている。

「浮気…ですか?」

「そう、浮気。加持君は少し…じゃないわね、かなり、女癖悪いから。

 レセプションの間に何処かの女のところに行ってたんでしょ。代役の人、運がなかったのね」

 加持の身代わりで死んだというのに、この極東の海辺の町で運が悪いの一言で片付けられては死者も浮かばれまい。

 少し重めの雰囲気になった場を和まそうとして、シンジが明るく言った。

「でも、タイミングよく電話が入りましたね。危機一髪でしたよ」

 その言葉にリツコがふふっと笑う。

 そして、アスカの顔を見る。

 そのアスカはそっぽを向いている。

「あの…どうしたんですか?僕、変なこと言いました?」

「私、ちょっと電話してくる」

 アスカは不自然な方向に首を捻じ曲げたまま玄関から出て行った。

 その後姿を奇妙な顔で見送るシンジ。

「素直じゃないのね」

「はい?」

 シンジはリツコの呟きを聞き漏らした。

「でも、暑いわね、ここ」

 リツコの事だから、エアコンのエラー表示はすぐに改善できるだろう。

 

「そうか。それはよかったな。ふむ。……いや、タバコの件はいい。家では吸わんよ。

 ははは、それじゃあな。あ、ちょっと待て。身体の調子は…そ、そうか、まだ2日目か。あ、それから…」

 ハインツが顔をしかめた。

 アスカに電話を切られたのだ。

「デスク、どうだったんですか?」

「ああ、いいタイミングで加持からの電話が入ったらしい」

「じゃ、娘さんの彼氏…いてっ!」

 ハインツの机の前に立つ記者の若い方が叫び声を上げた。

 先輩に足を踏まれたのだ。

「はっはっは、娘は彼氏ではないと言っておったよ。ただの友達だとな。だが、間違いなくその男に惚れてるな」

 そう言って、ハインツはニヤリと笑った。

「しかし、加持さんも人騒がせですね。死んだと誤報された上に、その影響がめぐりめぐってデスクの娘さんにまで回ってくるんですから」

 このアスカの父親が勤める世界通信社でも、加持は仕事をしたことがある。

 世界通信社は名前の売れている新聞社だから、サルジア王国の加持とも連絡が取れたというわけだ。

「だが、これは職権乱用だな。娘のために…いや、娘の男のためにわざわざサルジアと連絡をとってやったんだからな」

 豪放に笑うハインツを若手記者は畏敬の目で見つめた。

「おや?タバコが切れたようだ。買ってくるか。家では吸えんのでな、娘が嫌がるから。はっはっは!」

 外事部の部屋から出て行くハインツを見送って、若手記者は先輩に話し掛けた。

「デスク凄いですよね。娘さんの彼氏のために骨を折るなんて。普通なら知らぬ顔するんじゃないですか?」

「馬鹿だなお前」

「はい?」

「娘さんに嫌われたくないから仕方無しにしたんだろ。きっと血の涙を流していたと思うぜ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、見栄張っちゃって、俺たちの前では笑ってるけど、今頃…。あ!まずい!」

「どうしたんですか?」

 先輩記者は自分の机の引出しを探った。

「3つ…ああ、4箱ある。これなら大丈夫か」

「どうしたんですか、いきなり?」

「デスク、タバコ買いに行くって言ってたよな。総務に電話しておけ。タバコの自販機が壊れましたってな」

「えっ!」

「かわいそうに、自販機のヤツ、今頃再起不能にされてるぜ」

 二人の部下は上司の空の机を見やった。

 それから、理不尽な怒りの対象にならないように、自分の仕事に戻るのだった。

 遠くの方で何か重いものが倒れる音がし、床が少し揺れた。

 思わず見つめ合う二人の部下。

「俺、知らねぇぞ」

「僕、電話します。総務に」

 

「ね、答えてくれる?」

「何だよ、いきなり」

 行きはアスカを荷台に乗せていた。

 今、民宿青葉への帰り道、シンジが自転車を押し、その逆サイドにアスカが歩いている。

「キス…気持ちよかった?」

「ぶっ!な、何言い出すんだよ!」

「だって、私した事ないもん。だから、経験者の馬鹿シンジに感想を聞こうかと」

「そ、そんな…」

「で、気持ちよかった?やっぱり、あれ?レモンの香りっていうか、そんなの?」

 シンジは膨れっ面で答えた。

「ビール味…」

「へ?」

「だから、ビールの味だよ。あんなに呑んでたんだよ。口の中、ビールの匂いでいっぱいだし、息だってお酒臭くて…」

 本当にいやそうな顔をして答えるシンジに、アスカは吹き出した。

 そして、何度も頷きながら、ニタニタ笑う。

「そっか、そっか。ビール味のキスか。ははは」

「そんなに笑わないでよ。ファーストキスだったんだから」

「えっ!フ、ファーストキスがビールの…ぷっ!お、可笑しい!ははははっ!」

「何だよ、自分はした事ないくせに」

 あまりに笑われた所為で、シンジはアスカに毒づいてしまった。

「ああっ!馬鹿シンジの癖に生意気よ!」

「だって、事実だろ」

 アスカは立ち止まった。

 その頬に赤みがさし、そして少し膨らませている。

 そして、鼻で笑うとポケットに手を入れて、何かを取り出した。

「手、出して」

「?」

 素直に出したシンジの掌に、アスカはキスミントを数粒ケースから落とす。

「食べなさいよ」

「へ?」

「いいから、さっさと食べる」

 シンジは逆らわない。

 数回口の中で噛むと咀嚼した。

「何味?」

「え?う〜んと、レモンかな?」

「そうか…」

 アスカは自転車の前を回り、シンジの前に立った。

「碇シンジ!」

「は、はい!」

 突然の大声に、シンジは直立不動になる。

「よくもあんな色キチガイとキスなんかしたわね。子分の分際で許せないわ!」

「ご、ごめんなさい!」

 アスカのことを好きになってしまった今となっては、消し去ってしまいたい事実だ。

 何しろキスはそのアスカの目の前で行われたのだから。

「目を瞑りなさいよ」

「はい!」

 素直に目を瞑り、歯を食いしばる。

 殴られる!

 でも、殴られてもいいとシンジは思った。

 それで少しでも罪が軽くなるのなら…。

 しかし、頬への衝撃はなく、その代わりに唇に、柔らかく、温かいものが押し当てられた。

 これは…!

 目を開けたシンジは、すぐ前にあるアスカの顔のどアップに仰天した。

 あ、アスカとキスしている!

 シンジは驚きのあまり、支えていた自転車を倒してしまった。

 その大きな音がしても、アスカはじっと目を瞑ったまま、キスを続けている。

 数秒後、アスカは唇を離した。

 そして、シンジに向かって腰に手をやり、高らかに宣言した。

「はん!これでおあいこよっ!」

「はい?」

「これで私もキスの経験者なんだからね。これからは馬鹿にしないで貰いたいものだわ!」

 シンジは力が抜けた。

 アスカったら、負けず嫌いだからキスしたのか。

「それに、アンタはビール味のファーストキスだったけど、

 私の方はレモン味だったんですからねっ!

 ワ・タ・シの勝ちよっ!」

 こんなものに勝敗があるのだろうか?

 シンジは苦笑してしまった。

 だが、アスカは僕のことを嫌いじゃないみたいだ。

 嫌いな人とキスなんかするわけないもんね。

 シンジの思考は大きく歪んでいる。

 嫌いな人とキスをしない、のではなく、キスは好きな人とするのである。

 そんな簡単なことがシンジにはわからない。

 マイナス思考の権化と言えるかもしれない。

 ここまではよかった。

 シンジが次の一言さえ言わなければ、意外に早くこの二人は恋人になっていたのかもしれない。

「あ、でも、今のキスなのかなぁ?」

「はい?」

 つい今しがた、キス経験者の仲間入りをしたところのアスカはどきりとした。

 さっきの、間違っていたの?

 映画とかじゃあんな感じでしてなかったっけ?

 不安にさいなまれたアスカは、シンジに問い返してしまった。

「ど、どういうことよ。今のはキスじゃないって言うの?!」

「う〜ん、どうなんだろ。だってさ、ミサトさんとのキスとは…」

 アスカの目がぎらりと光った。

「わ!ごめんなさい!」

「ミサトのキスとどう違うって言うのよ!」

「えっと…だから…その…」

 口では表現しにくい。

 それはそうだろう。

 アスカに口の中で舌を絡ませ合うのがキスだとは言いにくい。

「じゃ、アンタやってみなさいよ。どう違うか、試してみなさいよ!」

「え!そんな…いいの?」

 シンジはアスカと舌を絡ませたかった。

 ミサトとした時でさえ、あんなに気持ちよかったのだ。

 ビールの匂いで気持ち悪くてもである。

 今はレモン味。

 しかも、相手は恋愛感情を抱いたことを認識したアスカである。

 シンジは期待感に胸を膨らませた。

「はん!やってみなさいよ!」

 アスカは大見得を切って、目を瞑る。

 何よ!どこが違うって言うのよ。

 鼻のあたりにシンジの鼻息が当たる。

 もう!シンジのヤツ、興奮しちゃってさ。馬鹿みたい。

 唇に暖かい感触。

 何よ、さっきと一緒じゃない。

 はは〜ん、さてはシンジのヤツ、私とキスしたいものだから難癖つけ…。

 げげっ!

 な、何これ!

 シンジの舌がアスカの唇を押し開こうとする。

 アスカは慌てた。

 こ、こんなの知らない!

 慌てた拍子に歯に隙間が出来、そこにぬめっとしたモノが侵入してきた。

 ふへぇっ!気持ち悪い!

 シンジの舌はアスカの舌を求めて、口の中をまさぐる。

 アスカは何とかそれを避けようとして、舌を奥へ引っ込めようと頑張る。

 それを追いかけてシンジが舌を伸ばす。

 おまけにシンジの唾液が舌を伝わって、アスカの口中に…。

 

 アスカ、限界点突破!

 

 シンジの3度目のキスの味は、血の味だった。

 10発以上頬を思い切り叩かれた。

 その上、大声で泣かれて、走り去られてしまったのだ。

 ミサトとのキスを再現したつもりのシンジは、何がまずかったのかよくわからなかった。

 上半身裸のままのシンジは、アスカの走り去った方を見ながら呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

Act.1

MISATO

THE END

 

 

ASUKA WILL RETURN

 

 


<あとがき>

 ひとまず、ミサト編終了です。

 下ネタは1971年のアメリカ映画「おもいでの夏」です。1942年のアメリカの海辺の町を舞台にした、男の子の初体験物語です。ありがちな展開の話ですが、この映画は主演のジェニファー・オニールの美しさと、ミシェル・ルグランの有名なテーマ曲のおかげでこの手の作品ではかなり有名な映画となっています。映画の中では男の子は夫が戦死したヒロインに手ほどきを受け、その翌朝に彼女が海辺の町から姿を消したことを知るという展開になりますが、ここではミサトさんとそんな関係にはさせられません。アスカがいるんですから!

 さて、次回よりレイ編が始まります。夏の夜といえば、怪談話。さあ、二人の関係はどこまで進むのでしょうか?

 

2003.08.17  ジュン

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